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- 2025/05/09(金) 03:05:15|
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タレント、三宅裕司(56)が2月15日放送のフジテレビ系スペシャルドラマ「死ぬんじゃない!~実録ドラマ・宮本警部が遺したもの~」(後9・0)に主演することが15日、分かった。昨年2月、踏切内に入った女性を助けようとして電車にはねられ殉職した宮本邦彦警部(享年53)の半生を描く。三宅は「宮本さんのようなすばらしい警官がいたことを視聴者の皆さんに伝えたい」と意気込んでいる。
昨年2月6日。踏切自殺を図った女性をホーム下の避難スペースに押し込み、自分は電車にはねられた宮本警部。命を賭して1人の市民を守った警官の姿は、全国に感動の嵐を巻き起こした。
宮本警部とは一体、どんな人だったのか-。そんな疑問を持ち、入念な取材を重ねてドキュメンタリードラマ化を企画したのは、情報企画部の大野高義プロデューサー。
大野氏によると、宮本さん亡き後、周囲の多くの人が「(踏切に飛び込むという行動を)彼ならやりかねない」と言ったという。同氏は、〔1〕なぜ宮本さんは皆に慕われていたのか?〔2〕なぜ「あの人なら飛び込む」と言われるのか?〔3〕なぜ飛び込んだのか?という3つの疑問を挙げ、「その答えには、今の時代が忘れかけている何かがあった。それが番組を通して皆さんに伝わればと思っています」と語った。
ドラマは、不器用だった警察学校時代、駐在を目指した理由、結婚と長男誕生、最後の勤務地となった常盤台交番での姿、悲劇、その後の家族など、宮本警部の半生を丹念に追っていく。
大野氏が「真面目で一生懸命で、でもちょっとぬけているところがある」と“実直さ”を認めて宮本警部役に起用した三宅は、「台本を読んで、本当にこんなおまわりさんがいるのかと信じられないくらい正義感が強くて、誠実でまじめな方。オーバーに書いていると思ったけれど、宮本さんを良く知る人に聞くと、全然オーバーじゃない」と感想を語った。
フジのドラマは初主演。加えてドキュメンタリードラマは初挑戦で、「警察の不祥事が続く中、人を助けることに迷いのない、想像を絶するほどの正義感のある真っ当な警察官だったので、そこをどうリアリティーを持って演じられるかが悩みです」と難しさを実感しながら、撮影に挑んでいる。
(ヤフートピックス引用)
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080116-00000003-sanspo-ent
★三宅 裕司(みやけ ゆうじ、1951年5月3日-)は日本の俳優、タレント。所属事務所はアミューズ。東京・千代田区神田神保町出身。
千代田区立一橋中学校→明治大学附属明治高等学校→明治大学経営学部卒業。同期に日テレ元アナウンサーの松永二三男。後輩にNHKアナウンサーの石澤典夫、そして、落語研究会でも後輩だった落語家の立川志の輔、立川談幸、タレントの渡辺正行がいた。
大学時代、四代目「紫紺亭志い朝」を襲名。卒業と同時に立川志の輔に譲り、その志の輔も卒業と同時に渡辺正行に譲った。
大学卒業後、コメディアンを目指して日本テレビタレント学院に入ったがなじめずに3ヶ月でやめ、コントグループで活動した後、斉藤洋介らと共に1979年に劇団大江戸新喜劇の旗揚げに参加するが、「台本などに不満があって」(三宅談)1度も舞台に立たないまま脱退した。
その時行動を共にした小倉久寛・八木橋修らと共に、1980年、劇団スーパー・エキセントリック・シアター(SET)を旗揚げ、現在にいたるまで座長を務めている。元劇団員に岸谷五朗、寺脇康文、小粥よう子らがいる。
乳児期に近所に住んでいた画家・いわさきちひろは彼の「乳母」。当時、ちひろは乳飲み子だった息子・松本猛(安曇野ちひろ美術館館長)をやむなく安曇野の両親に預けていたため、母乳が途切れぬようにと三宅に乳を与えていた。
生まれも育ちも神田神保町という江戸っ子だが、在阪局にも人気がある(=在阪局制作のテレビ番組への出演が多い)。
(Wikipedia参照)
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